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大阪地方裁判所 昭和54年(ヨ)2738号 決定

申請人

市川勇児

被申請人

株式会社オールウエイ商事

上記当事者間の頭書仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第1当事者の求めた裁判

(申請人)

1  被申請人は、別紙目録記載の洗滌方法を用いる風呂釜等洗滌装置を業として製造販売してはならない。

2  被申請人の前項表示の装置の製品および半製品につき、被申請人の占有を解いて、大阪地方裁判所執行官に保管を命じる。

3  執行官は封印その他の方法により上記各物件が執行官の保管にかかることを公示しなければならない。

(被申請人)

主文同旨

第2当裁判所の判断

1  申請人が次の特許権の権利者であることは当事者間に争いがない。

名称 風呂釜の洗滌方法

出願日 昭和44年7月7日(特願昭44―53596)

出願公告 昭和48年8月16日(特公昭48―26880)

登録日 昭和49年3月27日(特許番号723510)

特許請求の範囲

モーターに連結させたポンプの吸入口と吐水口に夫々ホースを連続させ吐水口側のホースの先部には先端部に注入孔を形成させた注水具を設け、該注水具を風呂釜の上部口に、吸入口側のホースを風呂釜の下部口に夫々密封状に挿入して任意時間モーターを作動させ浴槽内の水を釜とポンプ内を循環させる行程と、その後吸入側のホースを外し、その先端に網を被せて浴槽内に置き清浄水を釜内に注入する行程とを行うことを特徴とする風呂釜の洗滌方法。

2  次に、疏明によれば、被申請人は現在別紙目録記載の風呂釜等洗滌装置(以下、この装置をイ号装置という)を業として製造販売していることが一応認められる。

3  ところで、申請人が本件で主張するところは必ずしも明らかではないがこれを善解すると、要するに、イ号装置は本件特許発明方法の実施にのみ使用する物であるから、被申請人がイ号装置を業として製造販売をすることは本件特許権を侵害するものとみなされる(いわゆる間接侵害となる)、というにあると解される(特許法101条、2条3項2号。疏明によれば、被申請人は自から風呂釜の洗滌をして廻る営業をしているわけではなく、ただイ号装置を下請業者に製造させ、これを薬液(過酸化水素)とともに風呂釜クリーニング業者に販売しているだけであることが一応認められるから、申請人が被申請人に本件特許権の直接侵害の差止を求めていると解することは相当でない。)。

4  そこで、以下、被申請人がイ号装置を業として製造販売することが本件特許権の間接侵害になるか否かについて検討する。

1 まず、「イ号装置が本件特許発明方法の実施に使用しうる物」であるか否かについて考えるに、イ号装置は別紙目録記載のような構造を有するものであつて、いま本件特許発明の特許請求の範囲(構成要件)を一々分説し照合するまでもなく、その構造は本件特許発明の風呂釜洗滌方法に供しうるものであることが一応認められる。

もつとも、イ号装置は(A)吐出管(6)の先端部に風呂釜の口部に挿通すべき閉塞部(8)を設けているだけで、本件特許発明方法の構成要件となつている「ホースの……先端部に注入孔を形成させた注水具」に相当するものを備えておらず、また(B)吸入管(7)の先端部にも同じく閉塞部(9)を設けているだけで、本件特許発明方法の構成要件である「吸入側のホースを外し、その先端に網を被せて浴槽内に置き清浄水を釜内に注入する」ために必要な「網」に相当するものを欠いている。しかし、イ号装置に適宜これら「注入孔を形成させた注水具」や「網」を付加することは特段技術的に困難なことではない。したがつて、これらのものを付加すれば、イ号装置も本件特許発明の技術的範囲に属する風呂釜洗滌方法の用に供しうるものであることは否めないわけである。

2 しかし、イ号装置をもつて「本件特許発明方法の実施にのみ使用する物」と断ずることは困難である。すなわち、イ号装置は、別紙目録記載の使用方法によつても明らかなとおり、前示のような「ホースの……先端部に注入孔を形成させた注水具を設け」かつ「吸入側のホース……の先端に網を被せ」て行う風呂釜洗滌方法以外の方法にも供しうることが明らかである。またさらに、本件特許発明方法が採用しているような第2行程(クレーム後半の「吸収側のホースを外し、その先端に網を被せて浴槽内に置き清浄水を釜内に注入する」方法)を用いない風呂釜洗滌方法にも供しうる。

このように考えてくると、本件イ号装置は本件特許発明方法にのみ供するものとはいえず、かえつて、種々の風呂釜洗滌方法に供しうるものであつて、一定の限度でではあるがいわば汎用性を有する風呂釜洗滌装置であると解される。

叙上の点に関連して、申請人は、本件特許発明方法の要部は要するに「ポンプによる押圧水の循環力によつて風呂釜を洗滌する」という点にあり、ことに第2行程のごときは洗滌方法としては技術上無意味な単なる洗滌後のすすぎの過程を示しているにすぎないかのように主張しているところがある。しかし、クレームはもともと発明の構成に欠くことができない事項を記載していると考えるべきであつて、特段の事由もないのに申請人がいうように一部の構成要件を無視しその技術的範囲を拡大して解すべきでないことはいうまでもないところである(特許法36条5項参照)。また、いうところの「ポンプにより押圧水を循環させる」技術は特段疏明によるまでもなく古くから周知の技術であり、浴場清浄の分野においても本件特許出願前公知のことである(申請人の昭和54年10月15日付準備書面末尾の本件特許発明の引例―実公昭36―3359「真空掃除具兼浴場清浄機」―参照)。したがつて、申請人のような見方はできないのであつて、むしろ、本件特許発明はクレーム記載の第1行程と第2行程とを組合わせた洗滌方法を必須の要件としたものと解すべきである。

3 そうすると、被申請人は本件特許権を侵害していないものである。

5  してみると、本件仮処分申請は被保全権利の存在を裏付ける疏明がないというほかないから、爾余の判断をするまでもなく失当であり、また本件は疏明にかえて保証を立てさせ申請を認容することも相当でない。

よつて、本件仮処分申請はこれを却下し、申請費用については民訴法89条に則り、主文のとおり決定する。

(畑郁夫)

〈以下省略〉

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